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Ryunosuke OSaki

海外から学ぶスポーツ科学 Vol. 7~S&Cコーチを目指すスポーツサイエンス・インターン記~

更新日:2023年8月3日

海外から学ぶスポーツ科学 Vol. 7

~S&Cコーチを目指すスポーツサイエンス・インターン記~ 本シリーズの第6回目では、近年取り沙汰されているACWRの欠点/問題点について、マギル大学(カナダ)のWangが執筆した論文を基にACWRに潜在する先天的な欠点について執筆させていただいた。ACWRの計算自体に対する問題から、”運動負荷の変化”に関する正当な捉え方がされてないといった事や負荷の捉え方次第で数値が変動するといったジレンマが起こり得る事、テーパリング期間において、ACWRは適さないのではないかという問題提起がされている。


第7回目は、前回の続きになるが、マギル大学(カナダ)のWangが執筆した論文を基に、ACWRがモデル化された際の問題という観点から執筆させていただきたい。(注:捉え方は千差万別であるが、完全にACWRを否定しうるものではないという事をご理解頂きたい)


1.ACWRのSweet Spot(0.8-1.3)の欠点


ACWRの利点として、これまでは’Sweet Spot’というACWRが0.8-1.3(図1)に収まるようにマネジメントすると、傷害リスクが最小限に抑えられると考えられてきた。ACWRに基づく事により、アスリートの練習量を調整する際の一助となっていた。しかし、最初にACWRに対する批判的意見を唱えたシドニー工科大学のImpellizzeriによると、図1に見られる0.5以下、2.0以上を示したACWRのデータが不適切に分析され、このグラフの多項式にフィッティングするように操作したとの疑いがあるとの事だ事。こちらのグラフが傷害の可能性の測定値に必ずしも対応していないことを考えると、ACWRがワークロードと傷害発生リスクの間に真の関係を表しているとは考えにくいと主張されている。


(図1)不適切に分析され、作成されたものという意見がある


2.サンプルサイズが少ない


この論文において、Wangは、ACWRが傷害発生リスクを予測する研究や論文としてサンプルサイズが小さいことを指摘している。ACWRと傷害リスクを研究した35個の論文や研究のうち、サンプルサイズが150以上であったものは、わずか11個であったことから、ACWRのようなモデルを確立するためには、十分なサンプルサイズが必要であるため、信頼性が希薄であると述べている。


3.Low ACWRは本当に傷害リスクが高いのか


上記の図1やこれまでの本項でも何度か述べたように、ACWRが高い場合だけでなく、低い場合(0.8以下)においても傷害発生のリスクが高くなると説明してきた。しかし、この論文によると、これはただのバイアスに過ぎないと主張されている。高いACWRにおいて、各身体組織のキャパシティーを超えて傷害に陥るケースは納得できるが、ACWRが低い場合に傷害発生率が高くなることに関して生理学的理論に欠けるとのことである。こちらに関して、筆者個人的な意見としては、ACWRが低い場合、もしその後の練習での負荷が高くなった際にACWRが急激に高くなることが想定されるため、注意してマネジメントするべきであると考える。


4.トレーニングスケジュールや時間変動がACWRモデル作成に影響


Wangは、負荷と傷害発生に関する研究において、トレーニングスケジュールが因子となり、ACWRと傷害との間に関連性がない場合でも、傷害発生リスクに関して有意な結果を誘発する可能性があることを示した。また、時間の経過がACWRというモデルの正確さに影響を与える事が指摘されている。負荷によって選手は痛みを感じることがあり、それは傷害とは見なされないものの、傷害の原因となる可能性もあるため、時間経過による負荷の増減が必ずしも傷害発生を決定づけるものではないと述べられている。


5.再発予防に適応することへの難点


選手が怪我をしてしまう場合、その選手の負荷への対処能力やキャパシティーは減少してしまう。そのことが、再発を起こしやすい理由の一つであり、選手の傷害は過去の傷害に大きく起因するものと言われている。怪我から完全に回復していない状態でトレーニングを行うと、健康なアスリートよりも怪我のリスクが高くなる可能性がある。また、以前のリハビリ不足が原因で、より低い負荷で怪我をしてしまうケースもある。そして、このACWRモデルの分析方法がロジスティック回帰という方法を用いているが、健康なアスリート向けや過去に既往歴があるアスリートなのかを区別できていないため、再発予防への適応に、完全にフィットしないのではないかと述べられている。


6.最後に


前回に引き続き、近年取り沙汰されているACWRの議論がなされている点について、執筆させていただいた。ACWRのマネジメントにより、傷害予防に成功しているチーム/選手もいるため 、完全にACWRを否定しうるものではないという事をご理解頂きたい。また皆様、読者の方々にとって、プラクティカルな情報ではなかったかもしれないが、研究者たちの間では、このような議論がなされているということだけでも分かっていただけたらと思う。現在、オーストラリアでの学習が始まろうとしているため、ロードマネジメントにおける最新情報を今後発信していきたいと考えている。




本文:尾﨑竜之輔

1995年6月19日生。長崎県出身。大学卒業後、フィリピンへ語学留学。2021年2月よりThe University of Southern Queenslandへ入学。「傷害予防こそが、選手がパフォーマンスを最大限に発揮する一番の鍵だ」と信じている。スポヲタ株式会社で、インターンとして勉強させていただている。


参考文献

Wang, C., Vargas, J. T., Stokes, T., Steele, R., & Shrier, I. (2020). Analyzing activity and injury: lessons learned from the acute: chronic workload ratio. Sports Medicine, 50(7), 1243-1254.


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