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Ryunosuke OSaki

海外から学ぶスポーツ科学 Vol. 5~S&Cコーチを目指すスポーツサイエンス・インターン記~

本シリーズの第4回目では、Acute Chronic Workload Ratio(ACWR: 急性と慢性負荷の割合)のRolling Average(移動平均:一般的な平均)とExponentially Weighted Moving Average(EWMA:指数加重移動平均)という2つの計算式を紹介させていただいた。これらの計算式において、EWMAの方が、直近にかかった負荷の寄与率を高くし、時間の経過に伴うフィットネスや疲労の増減を考慮して計算される事から、傷害発生リスク予測に対する感度が高い事(センシティビティーの高さ)が示されている。


第5回目は、世界の様々な有識者達が執筆し、2020年に出版された「Basketball Sports Medicine and Science」で、オーストラリアのスポーツ科学者Tim Gabbettが執筆したワークロードマネジメントの項から、2つの知見についてお話しさせていただきたい。


1.Spikes


ワークロードマネジメントにおけるSpikes(スパイク)とは、文献により異なるが、”Danger Zone”に値するACWRが1.5以上または2.0以上と定義されている。このSpikesと傷害発生は密接に関係していると多くの文献でも示されている。そもそも、ACWRが1.5や2.0以上となるシチュエーションは如何なる時かと言うと、オフ明けのプレシーズン期間やリハビリ明けの練習合流直後などではないだろうか。本項でもTim Gabbettは、NBA選手は、シーズン中に要求される高強度のランニング、ジャンプ、方向転換などの負荷に耐えられるよう、十分なコンディショニングを行う必要があるが、オフシーズンには、約3ヶ月間トレーニングをしない期間を多くの選手が設けるため、プレシーズンに入ったタイミングで傷害発生が多くなると述べている。その点を考慮し、

1)オフシーズンも最低限のトレーニング負荷を確保する、もしくは逆算してトレーニング内容などを提示する

2)オフシーズン後のトレーニング負荷を徐々に増加させる

という事をTim Gabbettは本書で提言している。また、Chronic Workloadを高く保ったり(本シリーズ第3回参照)、下肢筋力や有酸素性能力の向上により、Spikesといった急激な負荷の上昇への耐性が高くなる事も言われている。



2.Worst Case Scenario


Worst Case Scenarioとは、「試合において最も身体的に高い負荷がかかる事=最悪なシナリオを想定して練習を行う」ということが一般的な定義ではないかと思う。このWorst Case Scenarioの練習を構築するために、高速域での走行距離や繰り返されるスプリント回数、Repeated High Intensity Effort(21秒間に3回以上の高強度運動(18km/h以上)が行われたもの)を試合データから導き出す必要がある。図1は、ラグビーフットボールの試合におけるデータから、Worst Case Scenarioを考える際のヒントを示したものである。論文などで示されているGame Demands(試合における身体負荷)は、おおよそ、その対象競技やポジションの平均値を示したものである。Worst Case Scenarioを推奨しているTim Gabbettは、「平均のGame Demandsを満たすためのトレーニングでは、最も厳しい/きつい状況に対する準備が不十分である可能性が高い」と述べている。図1を参照すると、高速域での走行距離は、平均のGame Demandsの1.5〜2.5倍をターゲットにする必要がある。このような厳しい局面を想定して練習を行う(負荷をかける)ことによって、試合時にフィットネス面で相手より優位に立つための「チャンス」ができるのではないかと考える。

(図1)ラグビーフットボールにおけるWorst Case Scenarioの例

3.最後に


今回は、2020年に出版された「Basketball Sports Medicine and Science」の中から、Tim Gabbettが執筆したワークロードマネジメントの項を注釈してお話しさせていただいた。オフシーズン明けに傷害発生が多く見られることは、バスケットボールに限らず、ほとんどのスポーツの指導者たちが抱える問題であるだろう。また、試合中において、「大事な局面で良いパフォーマンスが出せない」といった課題も、指導者やチームが抱える問題ではないかと思う。今回お話しさせていただいた上記の事が、その解決の一助となる事を願っている。

2. Worst Case Scenarioに関して、これを構築する際には、弊社で取り扱っているKINEXON(キネクソン)のようなトラッキングデバイスが必要になる。しかし、導入しているチームは限られる。そのため、今後研究ベースでこれらを構築し、ユース世代まで落とし込むことで、さらなる日本スポーツ界の発展に繋げることが可能になるのではないかと考える。



本文:尾﨑竜之輔

1995年6月19日生。長崎県出身。大学卒業後、フィリピンへ語学留学。2021年2月よりThe University of Southern Queenslandへ入学(パンデミックの影響により日本でオンライン授業)。「傷害予防こそが、選手がパフォーマンスを最大限に発揮する一番の鍵だ」と信じている。スポヲタ株式会社で、インターンとして勉強させていただている。


参考文献

Laver, L., Kocaoglu, B., Cole, B., Arundale, A. J., Bytomski, J., & Amendola, A. (2020). Basketball Sports Medicine and Science. Springer Nature.

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