日本スポーツ界では、様々な競技のアスリート達が新たな環境を求め海外リーグに挑戦し、また逆にその競技が盛んな地域から外国人選手をリクルートすることで、発展を遂げている。こういったスポーツ界の”輸出入”は、スポーツ科学の学問分野でも例外ではない。海外で研究され実践されている知識や方法論、デバイス等を日本で働くプラクティショナー達は活用、応用している。また、スポーツ科学と最新鋭のトラッキングシステムを融合する事で、選手のパフォーマンスや負荷耐性等が可視化できるようになってきた。 これらの発展により、「練習量不足」、「怪我確率の上昇」、「フィジカルレベルの未達」等これまで”主観的”に述べられてきたことが、より定量的に分析されることが期待される。スポーツ科学は、「パフォーマンス向上」、「傷害発生リスク軽減」に貢献できるものである。
今後定期的に配信を予定している本シリーズでは、スポーツ科学に興味がある方やスポーツ科学の専門家向けに、海外事例を紹介したいと思っている。
第1回は、NBAやスペインリーグにおける疫学調査を紹介させていただきたい。傷害予防は、スポーツ科学の重要な研究課題であるが、まずは傷害発生の実態について述べていきたい。
1.練習量の増加により傷害発生が増加
練習量と傷害発生の関係について述べていきたい。Caparrósは、NBAやスペインリーグのチームでスポーツ科学のスペシャリストを歴任し、現在はスペインにあるスポーツ研究機関に所属している。以下のデータは、そのCaparrósらが研究したリーガACB(スペインのプロバスケットボールの1部リーグ)の1チーム対象に2007-08年シーズンから2013-14年シーズンの合計7シーズンにおける練習数や練習時間、傷害件数である。7年間の推移として、練習数:283→304、練習時間(時間):4,540→5,063、傷害件数:13→29、1,000時間あたりの傷害件数:2.9→5.7と練習量の増加に伴い、傷害発生件数が明らかに増加していることが分かる。傷害発生率に関しては、2倍以上も増加しているのだ。Bリーグに代表されるように、試合数が増加(2007-08年:44試合→2020-21年:60試合)傾向にある日本のスポーツリーグでは、それに伴い練習数や練習時間の増加も予想されるだろう。そんななか、チームで働くトレーナーやS&Cコーチ達は重要な場面で選手のパフォーマンスを最大限に発揮させるため、その練習量や強度を継続的に見直していく必要があるだろう。
2.NBAのデータから見るシーズン中の傷害発生
英国のオックスフォード大学で研究しているBullockらがNBAの2008-09年から2018-19年までの11シーズンで集めた傷害記録の論文を紹介させていただきたい。これらは、プレシーズンやプレイオフ、トレーニング期を含まないレギュラーシーズンのみでの集計になるが、合計で1,369選手のうち、66%の選手が最低1試合出場を見合わせる怪我をしているというのが現状である。
まず、発生件数に関して、試合時間1,000時間あたりの傷害発生は15.60である。足関節の怪我が最も発生頻度が高く(2.57/1,000h)、続いて膝関節(2.44/1,000h)、股関節/大腿部(1.99/1,000h)となっている。また、重症度の度合いを見てみると、14試合以上出場できない重度の傷害は膝関節に最も多く、0.72/1,000hの確率で起こっている。この重症の怪我をする割合が、足関節(0.33/1,000h)、股関節/大腿部(0.29/1,000h)となっていることから、膝関節の傷害が重症に至る確率が有意に高い事がわかる。
続いて、シーズンにおける日を追うごとの傷害発生件数を見てみると、怪我する部位や重症度に関わらず、シーズン終盤になるに順って、明らかに増加傾向にある。2月に明からさまに減少しているが、これはオールスター休みのためであると考察されている。
このように、怪我は下半身に頻発して起こることや、シーズン終盤にかけて発生件数が増えていくことを踏まえた上で、トレーニング戦略や予防策が求められている。
(写真3)シーズンを通した重症度別傷害発生件数 (写真4)シーズンを通した部位別傷害発生件数
3.傷害予防
傷害の発生には様々な要因が寄与することから、NBAでの傷害発生を研究したCohanらの論文では、傷害予防は「Holy grail (聖杯:達成がとても困難な目標)」とも比喩されている。しかし、言わずもがなではあるが、スポーツにおいて練習や試合で怪我をしないという事は非常に重要である。そのために、様々な研究者やプラクティショナーが、傷害予防に関する研究や実践を行なっている。
その一つが、筆者が豪州の大学院にて研鑽を積んでいるAcute Chronic Workload Ratio(ACWR: 急性と慢性負荷の割合)である。これに関して、次回から数回に分けてお話させていただきたい。
4.最後に
現在、スポーツ科学の学問分野で自覚的運動強度やトラッキングシステムから得られるデータを用いて、「パフォーマンス向上」や「傷害予防」に繋がる研究がなされている。それらを「海外から学ぶスポーツ科学」と題し、研究や実践例等を発信させていただきたいと考えている。また、読者の方々とのディスカッションをできる機会も作りたいと考えている。
本文:尾﨑竜之輔
1995年6月19日生。長崎県出身。大学卒業後、フィリピンへ語学留学。2021年2月よりThe University of Southern Queenslandへ入学(パンデミックの影響により日本でオンライン授業)。「傷害予防こそが、選手がパフォーマンスを最大限に発揮する一番の鍵だ」と信じている。スポヲタ株式会社で、インターンとして勉強させていただている。
参考文献
Bullock, G. S., Ferguson, T., Vaughan, J., Gillespie, D., Collins, G., & Kluzek, S. (2021). Temporal Trends and Severity in Injury and Illness Incidence in the National Basketball Association Over 11 Seasons. Orthopaedic journal of sports medicine, 9(6), 23259671211004094.
Caparrós, T., Alentorn-Geli, E., Myer, G. D., Capdevila, L., Samuelsson, K., Hamilton, B., & Rodas, G. (2016). The relationship of practice exposure and injury rate on game performance and season success in professional male basketball. Journal of sports science & medicine, 15(3), 397.
Cohan, A., Schuster, J., & Fernandez, J. A deep learning approach to injury forecasting in NBA basketball. Journal of Sports Analytics(Preprint), 1-12.
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